楽しそうに水遊びをしている相方を見つめて、アスランは小さな溜息を吐いていた。
「アスランも一緒に遊ばない？」
無邪気にそんな事を言ってくるのは、もちろんアスランの幼馴染にして、そして現在進行形で恋人であるキラ・ヤマト。そんなキラの甘い誘惑に「ああ」と肯定したくなるが、今はそれが素直に出来ない。
「アスラン？」
重ねて問いかけるように声をかけてくるキラに、アスランはとうとうキラに聴こえるくらいの、大きな溜息を吐いてしまう。
「何その溜息！」
むっとしたキラが頬を膨らませて怒っている。だが怒りたい…というか呆れたいのはこっちだ。
アスランは頬を膨らませているキラに「いい加減に行くぞ？」と声をかけていた。
「やだっ！」
しかしキラの口から漏れたのは、予想していた通りの言葉だ。やっぱりそう言うと思った、とアスランはまたしても大きな溜息を吐いてしまう。
「アスラン、そんなに溜息ばっかり吐いてると…はげるよ」
「あのなあ…」
そこは幸せが逃げるというべきところじゃないか？とアスランは言葉を発したキラを見つめてしまう。
けれど先ほどまで怒っていたキラは、もう笑顔を浮かべてこちらを見つめているだけだ。
「だって、アスランってばそんな面白くなさそうな顔ばっかりしてさ。人生一度きりなんだから楽しまないと」
損するよ？とやはり無邪気に笑いかけてきたキラに、アスランは何と答えていいか迷ってしまう。
だがまだ自分たちは「任務中」であることを思い出したアスランは「キラ」と、仕事上は相方であるキラの名前を呼んだ。鋭いアスランの呼びかけにキラも気付いたらしい。何？と今度は嫌そうな顔でアスランに視線を向けてくる。
「キラ、そろそろ行くぞ。遊んでばかりいては任務がこなせない」
「え〜？いいじゃん」
「よくない。第一俺たちは何のためにここに来たと思っているんだ？」
そう言ってアスランは岩に引っ掛けられていたキラの制服のズボンを手に取った。ほら、さっさと上がってきて着替えろ！とキラに声をかければ、渋々ながらキラが泉の中ほどからアスランのいる場所へと歩いてきてくれる。
しかし…そんなキラを見つめていたアスランは、どうも目のやり場に困る…とキラに分からない程度だが眉根を小さく寄せていた。何せキラの現在の格好が、直視できないような姿になってしまっているからだ。
（制服の上だけ…なんて、キラは何を考えているんだ!?）
「暑くなったから水浴びしたい！」と急に叫んで、近くの泉から流れ出す、小さな川にざぶざぶと入って行ったキラをアスランも見ていた。
だがそこへ入る前にブーツと制服の下だけをぽいぽいと脱いでいた。確かに濡れないためにはそうするしかないだろうが、結果、現在のキラの姿は、白くてすらりとした足を惜しげもなく外に晒している状態だ。
しかもザフトの制服のデザインのせいというか何というか。上着が若干長いおかげで、キラの太ももから先は上着に隠されていて見えることはない。けれど上着も濡れることを厭ったキラが、上着の裾を軽く摘みあげているものだから…。
（チラリズム…というのはこういうことを言うんだろうか？）
そう考えてしまうほどには、キラの際どい場所が先ほどからちらりちらりと、見えそうで見えない感じでアスランの眼前に晒されているわけだ。
無論キラの裸ならば小さな頃から…それこそ始めてのお風呂！と言われることから見てきている。恋人になってからは特に裸のまま抱き合って眠ることも多いから、今更といえば今更だろう。
キラもそれを分かっているのか、アスランが見ているというのに足を隠そうともしていない。
けれど見えそうで見えないという光景は、何と言うか…アスランの心の中の何かを誘っている。
（…何を考えているんだ）
これが休暇中でキラと二人で遊びに来ているのなら、そんな気分になってもアスランだって悩みはしない。自分とキラは恋人同士だし、そういう関係でもある。
けれど今は任務中だ。仕事にまでそんな気持ちを持っていっては、きちんとした仕事が出来ないとアスランも思っている。
キラもその辺はきちんとしているので、仕事中にはハメを外す事はそんなにない。けれど時折…今回のように「二人きり」になると、ついつい「仕事」という意識がどこかへ消えてしまうようなのだ。
（というか、恋人同士…という意識が強くなるんだろうな）
もしくは幼馴染という意識か？とアスランは近づいてくるキラを見つめながら考えてしまう。
昔から甘えん坊だったキラは、特にアスランには甘えたがる。アスランもキラに甘えられることは嫌ではないし、キラを甘やかすことは自分の使命…と思うところもあるので、ただのアスランとキラに戻っている時にはキラをとことん甘やかす事も多い。
だが軍の任務に当たっている時には、その意識を切り離すようにしている。さすがに軍人として行動している時に、恋人同士の甘い雰囲気を出していては、任務に差しさわりがあるからだ。
それに関しては苦い経験をしているので、アスランはことさらに任務中にはキラとは「相方」としての意識で接している…つもりだ。
だが二人きりになると、キラが甘えたがりのキラに戻ってしまうので、それに引きずられるようにしてアスランもキラを甘やかすアスランに戻ってしまう。
それではいけない！と自分に喝を入れたアスランは、もう少しで戻って来るというキラにきつい視線を向けようとした。いつまでも甘やかしているわけにもいかないし、まだ任務は終わっていない。任務が終ったら甘やかしても構わないが…。
「アスラン、ズボン…くれる？」
「あ、ああ」
考え事をしている間に、キラがアスランの目の前まで戻ってきていた。よいしょ、と泉から上がってくるキラに手を貸そうとしたアスランだが、急に目の前がぐらりと揺れたのに気付いて目を丸くしていた。
「わ……!?」
「キラっ!?」
どうやら揺れたのは自分だけはないようだ。ぐらぐらとキラも体が揺れている。どうやら地面が揺れているようだとアスランは気付き、慌ててキラを腕の中に抱きとめていた。
「わ、アスラン……!!」
急に抱きとめられた事にびっくりしたのか、キラが大きな声をあげている。けれど大きな揺れが怖かったのか、ぎゅっとアスランにしがみ付いてくるキラはなんだか可愛かった。
そんなキラの可愛さに酔いながらも、アスランは用心深く辺りを見回している。
「何だ…？」
「どうしたの？」
アスランの呟きに、キラがどうしたの？と問いかけてくる。だがアスランはそんなキラに視線を一度だけ落しただけで問いかけには答えない。
（おかしい…周りの木々は揺れて…いない？）
真っ直ぐ立っていられないほどに揺れていると思うのだが、泉の周りに茂っている木々や草花は全く揺れている様子がない。いや風によってゆらゆらと揺れているかもしれないが、これほど大きな揺れならば、もっとざわざわと木々のざわめきが聴こえてもいいはずだ。
（それに…動物の声も…ない？）
木々が揺れれば、そこを巣にしている鳥たちだって空へ羽ばたこうとするだろう。けれどそんな様子も見当たらなかった。
【Mischief】
ミカヤ様のイラストからイメージして書いた話となっております。