いつからだろう？こんな風に恋人を甘やかし放題にしてしまったのは。
「ん……？」
けれど甘い声を漏らす恋人の寝顔を見ているだけで幸せになれるのだから、自分も相当だと思う。
「ん……？」
膝の上に陣取って眠っていた恋人が、また小さな声を上げた。どうやら漸く眠りから覚めるらしい。そう言えば随分寝ていたんだな、とアスランは読んでいた本の残りのページをちらりと確認してそう思う。
大切な恋人…幼馴染でもあるキラを寝かしつけてから読み出した本は、すでに残りが全体の三分の一ほどになっていた。
アスランが本を読んでいる間、キラはアスランの膝の上で眠っていたのだから、少しは機嫌よく目を覚ましてくれるだろう。
何しろキラの寝起きはよろしくないことが多い。時には不機嫌になって、いつまでも拗ねている…なんてこともある。
（昔はもう少し良かったはずだが…？）
まだ月のコペルニクスに居た時代。母親が留守にすることが多かったため、アスランはよくキラの家、ヤマト家に預けられていた。
夕飯はまあ…仕方がないとしても、寝る時くらいは自分の家に帰るとそう言っても、キラがなんだかんだと自分を引き留め、結局キラの部屋に泊まってしまう。そんな事も良くあった。そして大概次の日の朝は、中々起きないキラを起こすのはアスランの役目だったのだ。
あの頃は布団を引っぺがしてキラを叩き起こす事もしばしばだったが、今のように不機嫌になることはそんなになかったと記憶している。
だが最近のキラは、自分のしたくないことを無理やりやらせるととことん不機嫌になったり、そのまま拗ねて言うことを聞かないことが多い。
（やはり甘やかしすぎたか？）
キラが自分の傍に居てくれる幸せは感じている。様々なことがあったが、想いを通じ合わせることが出来たことも嬉しいと思っている。
だがその結果…と言っていいのかは分からないけれど、キラは随分と「我侭」に振舞うようになってしまったのだ。
やはりもう少し厳しくしないと駄目かな？などと考えていると、キラの瞼がゆっくりと押しあがり、彼の綺麗なアメジストを覗かせてくれる。
アスランは手にしていた本をベッドの上に置くと、瞳をさ迷わせているキラに視線を落した。
「キラ？起きたか？」
「……？」
まだ意識がぼんやりとしているのか、キラのアメジストがアスランを写してくれていない。けれどものの数秒もしないうちに、キラの瞳がアスランの顔を写してくれた。
「あすらん…だぁ」
どこか甘えたような声でキラが自分の名前を呼んだ。
アスランはそんなキラの声に薄く微笑みを落としながら「そろそろ起きろ」と答えていた。
「ん〜？もう少し…」
そう言ってキラがアスランの顔に手のひらを伸ばしてくる。眠っていたせいなのか、頬に僅かに触れたキラの手は随分と暖かい。だがもう少し寝ていたいと言うわりには、キラの瞳はしっかりと見開いている。
アスランは苦笑を漏らしながら「起きろ」ともう一度キラに声をかけていた。
「起きてるよ？」
「だが、もう少し、と」
「ん？あ、違うよ。もう少し寝ていたいじゃなくて、もう少しアスランとこうしていたいってこと」
そう言ってキラがにこりと笑った。
「こうしていたい？」
「うん。アスランに膝枕してもらいながらゆっくりしたいってこと」
いいでしょ？と見上げてくるアメジストには一片の曇りもない。
無邪気な様子を見せるキラに、アスランは小さな息を落していた。アスランの溜息を聞きつけて、キラが「駄目？」と瞳を瞬かせながら問いかけてくる。
アスランはそんなキラの亜麻色の髪の毛に触れながら「お前に駄目と言っても、ここからどくつもりはないだろう？」と囁いてやった。
「うん。動く気ないよ？」
アスランの問いかけにキラが楽しそうに微笑んでいる。
キラの様子を見つめながら、やはり甘やかしすぎたか？とアスランは最初の自身への問いかけを再び心の中に浮かべていた。そんなアスランの顔にキラの手がまた伸びてくる。
「もう、そんな嫌そうな顔しないでよ。酷いなあ」
「別に…」
「じゃあ、この眉間の皺もなし！もう折角の綺麗な顔が台無しっ」
許さないからね？とキラがアスランの眉間の辺りに指先を押し付けてきた。だが眉間にしわなんか寄せた覚えもない。
アスランは苦笑を洩らしながら、そんなことないだろう？とキラの手を取りながら答えていた。
「あるよっ」
「ない」
ぷくりと頬を膨らませたキラは、冗談抜きに可愛い。
あれほど甘やかしすぎだと反省したのにも関らず、そんなキラを見つめているとどうしたって「甘やかしたく」なってしまう。
やはり相当キラに惚れているのだな…なんて考えているうちに、もそもそとキラがアスランの膝の上から頭を起き上がらせていた。
やはり起きるのか？とキラを見つめたところで、キラがにこりとアスランに微笑を向けてくる。
「キラ？」
「起きるけど…まだ起きないよ？」
「は？」
妙なキラの言葉に、アスランは思わず変な声を上げてしまった。
何を言っているんだ？とキラを見つめているうちに、キラがアスランの膝の上にすとんと腰を落してくる。
「キラ…？」
「うん。膝の上から見上げるのもいいけど、やっぱりこうして真正面から見ても綺麗?」
そう言ってキラの両手がアスランの頬を包み込んだ。そしてキラの顔が近づいてくる。
「んっ……」
「……」
ちゅ、と触れるだけの優しいキスをキラが施してくれる。不機嫌の欠片さえないことには一安心だ。けれどキラが何をしたいのかアスランは考えてしまう。
（というか…やはりこの格好はまずかったな）
キラの現在の格好は、非常にまずい。何がまずいかと言えば、キラは素肌にザフトの制服の上着を羽織っただけの格好だからだ。
先ほど訓練から帰ってきたキラは「疲れた！」とそう言ってシャワーを浴びて素っ裸のまま寝ようとしていた。さすがにそれは風邪を引く！と既に夢の中に半分足を突っ込んでいたキラの上半身に、自分の制服を着させたのが精一杯だったのだ。
その後はすうすうと気持ち良さそうな寝息を立てながら、キラはアスランの膝の上で午睡を楽しんでいた…とそういう理由。つまり、下着も何も身に付けていないキラは、アスランの制服の上着を羽織っただけで、すんなりとした白い足を惜しげもなくアスランの前に晒しているのだ。
しかも制服の裾から見える部分は、なんと言うかとてもきわどい部分だったりする。
キラが眠っている時には足を折りたたむようにしていたので気にしなかった。だがこうして膝の上に乗りかかった状態では、本気で俺の理性を試しているのか？と叫びたいほどの姿を目の前に晒している。
制服の裾が長いと言っても、膝の下まであるわけではない。下にきちんとズボンをはいていれば問題ない長さなのだが、今キラはそのズボンさえ履いていないのだ。しかもアスランの膝の上に跨っているので、少しずり上がった裾から見えるキラの足は…艶かしく、誘うようにアスランの瞳にくっきりと映っていた。
しかし当人は無邪気なものだ。もしかして自分の格好が良く分かっていないのかもしれない。
「あ！これ、もしかしてアスランの制服？」
「え？あ、ああ」
「やっぱり！いい匂いがすると思った〜。あ、でも…アスランの方が大きいんだなあ…」
そう言って手の平を僅かに覆い隠している制服をしきりに気にしている。
確かにアスランのほうがキラよりも大きいので、キラがアスランの制服を纏えば余る部分も出てくるだろう。
しきりに制服を気にしているキラだが、キラが動くたびに制服の裾からきわどい部分が見えるか見えないかという、心臓に悪い光景をアスランの目に写していた。
【あの子が制服に着替えたら】
花月様の表紙イラストからイメージして書いた話となっております。