うわあ…、と思わず瞳を輝かせたキラは、思わず走り出そうとした。だがその肩を掴んだ者がいる。
「って、アスラン、急に何…って、うきゃんっ」
思わず変な声を上げてしまったのは仕方がないだろう。何せ急にアスランに腕を取られ、抱き込まれてしまったからだ。
急に何するの!?とキラは自分を抱きしめているアスランの顔を見上げた。
しかしそこには不機嫌な顔のアスランがいて、キラは思わず小さくため息を吐き出してしまう。
「もう、この後に及んでそんな顔しなくてもいいでしょ？」
「……」
ぷくりと頬を膨らませながらアスランを詰るが、アスランは相変わらず渋い顔をしている。今にもキラをそのまま連れて帰りそうな勢いだ。
キラはもう一度小さく息を吐き出すと、アスランの腕を掴んだ。そしてその腕を支点にしてつま先立ちになる。そうすれば、自分より背の高いアスランの顔に自分の顔を近づけることができるのだ。
綺麗なエメラルドの色をした瞳に、吸い込まれそうな気持ちになりながらも、キラはそっとアスランの薄い唇にキスをした。
「……」
「ん、ね？機嫌直して？」
こうすれば少しはアスランの機嫌もなるかと思って思い切ってキスをしてみた。けれどまだアスランの眉間の皺は寄ったまま。
本当に我儘なんだから！とキラはもう一度キスをしようとつま先立ちになった。そうして今度はアスランの頬にそっとキスを落としてみる。
しかしそこだけなのか？とアスランの瞳が語っているのを見つけて、キラは小さな溜息を吐き出していた。
本当に我儘！と小さく苦笑を浮かべたキラは、もう一度とそう言ってアスランの唇にそっとキスを……。
「で？いつまでそこでいちゃいちゃしているおつもりですか？」
「うわっ」
「……」
いきなり横からかけられた声で、キラはびくりと肩を揺らしてしまう。そんなキラを優しく抱きとめてくれたのはもちろんアスランだ。だが元々キラはアスランに抱きしめられている。
しかし横からかけられた声はあまりにも不穏で、キラはおそるおそると言った感じで、自分達に声をかけてきた人物に視線を向けた。
そこにはキラが思い描いていた通り、頬を膨らませたラクスがいる。
あ、やっぱり怒ってる？とキラが小さく呟けば、その言葉を拾ったらしいラクスが「当たり前ですわ」と腰に手を当てて当然のように睨み付けてきた。
「えと…？」
「キラ、気にしなくていい…行くぞ」
「って、え、あ…！」
待って、とキラは歩き出したアスランの腕を掴んで歩き出した。
アスランが行く気になってくれたのは嬉しいけれど、如何せん行動が唐突過ぎる。
（っていうか分かりやすい…？）
思わずちらりとアスランの顔を見上げてしまうが、ここで「やはり帰る」と言われても困るので、キラは気づかないふりをしてアスランの歩みに自分の歩調を合わせた。
だが自然とその足取りが軽くなってしまうのはもう仕方がないだろう。
「キラ…、そんなに焦らなくても」
「え？あ、焦ってないよ？」
「どうだか」
「どうだか、って…まあ、でも楽しみなのは確かだけど」
焦ってるわけじゃなくて、本当に楽しみだったの！と瞳を煌めかせてそう言えば、アスランの大きなため息が聞こえてきた。
「もう、アスランはずっとそうだよね？」
「……」
む、と僅かに眉を顰めるアスランに、キラもため息を吐き出したい気持ちで見つめてしまう。
キラがこうして「地上」に行きたいと強請った日から、アスランはずっとしかめっ面をしている。
いつかは、とアスランも約束してくれていたはずなのに、まだアスランは地上へ降りることを納得していないらしい。
（納得、っていうか、地上へ降りるのが嫌…なのかな？）
元々アスランは、人と関わる事には慎重だった。ただ、キラやキラの母親と出会い、更にキラを鞘としてから少しは「人間」に興味を持ってくれた…とキラは考えている。それはキラが「元人間」であることが大きいと思う。
（でも、アスラン、自分の結界の中からほとんど動かないしなあ）
そしてその結界の中で、自分とアスランは…。
そこまで考えたところで、思わずアスランの指先の優しい感触や、それにより齎される抗いがたい快楽を思い出してしまい、キラは慌てて首を振った。
（もう、アスランが悪いっ）
こんな事を即座に考えてしまうのも、アスランに「キラがアスランの鞘」としてその存在を確定させてから後、散々に抱かれてきたからだ。
（ん、でも…嫌、じゃない…し）
アスランに触れられるのも、それによって快楽に落とされるのも嫌いではない。むしろもっと触れて欲しいと思う自分がいることも確かで、アスランの事を責められないのも事実だ。
（だって、ずっと好きだったんだもん）
決して叶わないと思っていた恋。
しかし何の因果か、思わぬ形でキラの恋は叶った。
「人間」を捨てるという、ある意味凄い物を捨てたことになるのだが、その代わりがアスランの心を手に入れ、且つアスランと過ごせる神様としての時間を手に入れた。これ以上何を望んで、何を責めろと言うのだろう？と言うくらい、キラは今幸せだ。
ただ一つ困ったことは、アスランのキラへの愛が重すぎることだろうか？
そのせいで、キラが神として目覚めてからこちら、ずっとアスランはキラを手放さず、隙あらばキラの事を抱きしめる日々が続いていたのだ。
これにはさすがに、キラの血によって目覚めたと言う扇の神、ラクスにも苦言を呈された。
（確かに年単位でアスランとそんな事してるなんて、僕も思わなかったけど）
地上と自分たちのいる空間では時間の経ち方が違うのか？と思ったほど、キラはアスランとの時間を長く過ごしていたらしい。
アスランによれば、キラの「神」としての存在そのものを安定させるためと言うこともあったらしいが、キラとしてはアスランが自分の事を本当に好きだったからだと思いたい。
キラが生まれてから、ずっとアスランはキラの事を見てくれていた。
初めは自分の母親であるヴィアに言われたから、というのがアスランの言。だがきっかけは何であれ、アスランがそれまで興味を全く持たなかった「人間」に興味を持ち、そしてキラへの気持ちを育んでくれたのだから、キラとしては嬉しい限りだ。
（僕が構って欲しいって言った時は無視していたくせに）
キラがまだ人間だったころ、キラはずっとアスランに恋していた。叶わない恋だと分かっていても、神社の氏神であったアスランに恋い焦がれていたのだ。
アスランに振り向いて欲しいと願って、何度アスランの下に通ったことだろう。
「何はなくても、俺はお前に惹かれていたのだろうな」
「ん？」
じっとアスランを見つめていたら、アスランから思いもかけない言葉が落ちてきた。
キラは軽く首を傾げて「それって本当？」と問いかけ直してしまう。
「……」
しかしアスランは肩を軽く竦めただけで答えてくれない。
「アスラン？」
そこまで言ったなら、観念してちゃんと教えてよ、とキラはアスランの顔を覗きこんだ。
―『神様の言う通り 参』より抜粋ー