どうしてこんなことになったんだ？とアスランは思わず眉根を寄せて考えてしまう。
「アスラン、まだあ？」
「……」
だが光の差し込む隣の部屋から聞こえるキラの声で、アスランははっと我に返っていた。
こうして考え込んでしまうのは自分の悪い癖だ。思わず苦笑を漏らしたアスランの元に、隣の部屋にいたはずのキラがひょこりと顔を出している。
「アスラン、まだ？」
「もう少し大人しくして待っていろ」
「え〜？もう待ちくたびれた〜」
ぶうぶうと文句を言うキラは、頬を軽く膨らませて怒っているようだ。だがこちらとしてもキラの我侭を聞いて、可能な限り手早く作業をしているつもりだ。
待っていろ、ともう一度だけ声をかけたアスランは、目の前にある様々な菓子の山を見て…なぜか溜息を落してしまう。
「あっ！マカロンもある?」
わーい！といつの間にか近くに来ていたキラが、まだ作りかけだった菓子の一つを手に取ろうとした。
そんなキラの手をぴしゃりと軽く叩いたアスランは、キラに「行儀が悪い！」と声をかけてしまう。
「え〜？けちっ」
「ケチでもなんでも。キラはちゃんと着替えて、手を洗って待っていろ」
じゃないとコレは食べさせないぞ？とアスランは作りかけの菓子やらケーキやらの山を指し示した。
アスランの言葉にキラの頬がまた大きく膨らむが、アスランが軽く睨み続けていると、とうとう観念したらしい。
しょうがないなあとぶつぶつと文句を言いながらもアスランの言葉に従ってくれるようだ。くるりと体の向きを変えると、自分の部屋に向かって歩き始めている。
そんなキラの細い体を覆うのは、自分と同じザフトの赤い制服だ。
軍のアカデミーで優秀な成績を収めたものしか纏えない赤いザフト服は、妙にキラに似合っている。特に長い裾が揺れてキラの細い足が見えたりすると…。
「ん？足？」
正しい制服の着方は、もちろん上下揃って赤い上着とズボンを身に付けて、更に足元には白いブーツ。それが基本だ。いやそれ以外にはありえない。
デザイン性に富みながらも、機能的なザフトの制服をアスランはことのほか気に入っている。それはキラも同じだと思うのだが…。
しかし先ほどちらりと見えたキラの足元は…赤いザフトのズボンではなく、なんだか妙に白かったような…。
（ブーツを見間違えたか？）
しかしそれもおかしい。基本的にヤマト家スタイルを貫いているこの部屋では、部屋に上がる際には靴を脱ぐことにしていた。キラ曰く『だって、脱がないと部屋が汚れるし。それに汚れた場所でアスランとスルの嫌じゃない？』とのことなのだが。
そう、自分とキラは幼馴染にして現在は紛れもなく恋人同士。もちろんお互いが男であることは良く分かっているが、それでもアスランの瞳にはキラしか映っていない。それは昔から変わらないし、今後も変えるつもりはない。キラはアスランにとって唯一心が開ける大切な人だからだ。
そんな二人は、運よくアカデミーを卒業した折に「エリート」の証である「赤服」を手に入れることが出来た。
「これでアスランといつでも一緒だね！」とキラがとても楽しそうにしていたのは記憶に新しい。そしてザフトの宿舎で同じ部屋を分け与えられたのも、いっそ因縁…いや執念と言ってもいいだろう。なにせこの部屋に居れば、キラと好きなことが出来る。いや…キラの我侭を聞いてあげることが出来る。
軍務中はさすがのキラも、それなりに我侭は抑えてくれている。だが元来甘えたがり屋のキラは、部屋に帰ってきた途端「我侭し放題」のキラに戻るのだ。
そしてそんなキラの我侭をアスランは可能な限り聞いてあげるのだが、今日のキラの我侭は本当に唐突だった。なにせ急に「アフタヌーンティがしたい！」と叫び出したからだ。
一応部屋の中にはキッチンも用意されている。宿舎には専用の食堂もあるにはあるが、部屋で簡単な飲み食いもしたいと言う、どこぞの誰かの願いが受け入れられて、いまでは全ての部屋に豪華…とは言わないまでもそれなりの充実したキッチンが用意されていた。
もちろんキッチンなんかに立てるか！と叫ぶ隊員もいるらしいが、アスランとしては大助かりだった。何せキラのために何かを作ってあげることができるからだ。それに部屋で食事を作れば、キラと二人きりの時間を堪能する事も出来る。
軍務につけば、人の目もあるし余りキラを甘やかすことが出来ない。それは宿舎の食堂にいても同じだ。そしてキラはやたらと隊員たちにもてる。
男にしては細い体。さらさらの亜麻色の髪の毛は触れていてとても気持ちがいいものだ。そして大きなアメジストが嵌ったキラの顔は少女と見紛うばかりに可愛らしい。
男社会と言ってもいい軍隊の中で、キラの存在は妙に目立っている。無邪気な性格もあいまって、軍内では可愛いマスコット的な存在だ。
だからだろうか？キラと共に外を歩いていても、キラにちょっかいを出してくる隊員は多い。そのたびにアスランは二度とキラにそんな邪な想いを抱かないようにと、その隊員にきつい釘を刺すのだが、あとからあとから湧いて出る男達のしつこさにいい加減辟易としていた。
（まあ…それだけ俺のキラは可愛いという証拠だろうが）
けれどキラの可愛さは自分だけが知っていればいいのだ。他人が知る必要もない。さらには見せたくないという気持ちまである。
だからこそ、二人きりになれる時間をアスランは大切にしていた。そしてキラとの二人きりの時間を堪能するのは、今やこの部屋の中だけだ。
そしてこの部屋の中ではキラの我侭がかなりまかり通ってしまう。それはキラに嫌われたくないというアスランの気持ちと、アスランに甘えたいというキラの気持ちが重なった結果であるが、今日は特にその我侭が面倒くさいものだった。
【アフタヌーンティはいかが？】
紅音 円様のイラストからイメージして書いた話となっております。